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会いに行きます 其の二十七

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IBDの方に会って色々聞いてみよう第27弾!!

実に7ヶ月ぶりくらいの「会いに行きます」
此度は初のリモートで実施!

会いに行きますとは

会いに行きますとは

2019年2月にクローン病と診断され、よくわからない病気だったので、実際に会って色々と話を聞こうという試みでござる。

お会いしてくださったのは22歳W殿。(小腸−大腸型、10年)

現在22歳。家で家事手伝いをしてらっしゃる。症状が出始めたのは小学校5年生の時。非常に明るくて前向きな姫君でござったよ!

母に言われた「トイレ多くない・・・?」

幼き頃より少食で下すことが多かったW殿。症状が出始めたのは小学校5年生の時。

1〜2ヶ月前からお腹が痛かったが、誰にも言ってなかった。学校でも保健室に行くことが多かったが、顔が白いので余計に仮病扱いされたという。 

病院に行くきっかけは母の「最近トイレの回数多くない?」って言われたこと。

12月の中頃、お腹が痛くなった。次の日に朝イチで病院に行くと、腸炎と言われて入院。3日間絶食した。嘔吐やお腹を下す症状があり、きつかったが、落ち着いたので10日ほどの入院で、クリスマスくらいに退院。

年末年始は家で過ごしたが、松の内が開ける前に血便が出て、病院で内視鏡検査。潰瘍性大腸炎と診断され、再び1週間の絶食。

当時入院していたのは小児科。トイレまでもたず、ベッド脇に簡易トイレを設置しながらの入院であったそう。

2週間ほどで退院。

中学〜高校時代

小6、中1は症状が一切出ず。

かいようせい?ようかいせい?なんだかよくわからないけれど治るだろと思っていた。

給食はお弁当にしてもらっていたが、クラスメイトが食べるカツカレーが羨ましかった。

中2の時は通院は月に1回、トイレの回数は多かった。思春期で医者は行っていたけど薬は飲んでいなかったそう。一度入院。

転院。

中3 入院せずに過ごす。

高校に入学し、高1の時は入退院を繰り返していた。
高2、背中と頭に激痛が走るようになり、関節も痛くなる。炎症値を示すCRPはかなり高い14。(通常は0.3以下)

当時の先生が「お手上げです」と言われてしまう。

こんなことお医者さんは絶対言うべきじゃないですな。言われる側は精神的なダメージがあるんだから。

転院。

担当の先生は消化器内科じゃなく、なんとガン専門の先生だった。
CRPは3〜5あたりをウロウロ。合併症もひどくなってきたが、
症状を言っても「大丈夫、大丈夫」ばかりで1年間くらい検査してくれず。

当時、母は理解してくれたが家族は生活習慣が悪いせいだと決めつけ、真剣に向き合ってくれなかった。

あの時私が求めていたのは「大丈夫やで」と抱きしめてくれるだけでよかったのに。

ヒュミラ打ってたけど途中でやめた。症状は悪くなる一方。幻聴も聴こえてきた。

コンビニのバイトの面接で「病気の人はいりません」と言われ落とされ、
他で始めたアルバイトでは体調不良で休むたび周囲の目が変わっていくのに気づく。

高校は中退した。

絶食か、手術か。

担当の先生が退官し、新たに担当になった先生がIBDに強い先生だった。
症状を見て即入院。「こんなになるまでごめん」と謝罪されたという。薬は再び飲むようになった。

入院中に19歳の誕生日。

検査をした時、上行結腸、回腸がむくむく膨れていて、手術したら3年は持たないと言われてしまう。

可能性は低いが絶食して良くなることを願うか、手術か。

どちらにしてもギャンブルだと先生に言われたが、絶食を選択。

このあたりで「クローン病」と診断される。

足先が紫色に

入院中、検査のために飲む下剤。その日は調子が悪く、通常2L飲むのだが、そんなに飲めないような気がしてお願いして1Lにしてもらった。

しかし飲めども飲めども一向に出る気配はなく、逆に具合が悪くなるばかり。何度も吐き、お腹はカチカチに。ふと見た足先は紫色になっていた。

下剤が腸に詰まって危険な状態になっていたという。通常の量の2L飲んでいたら本当にヤバかったそうで、運良く1Lに減らしていたことで一命をとりとめたと話してくれた。

下剤全部飲んでいたら。。。

奇跡が起きた。

そこから1ヶ月絶食。血管が細くなり、鎖骨から点滴を入れた。途中消毒がしっかりできてなくてバイ菌が身体に回ってしまうという不運なアクシデントもあった。

しかし腫れは引いていた。

奇跡的に手術しなくて済むようになった。10年は生きられないんじゃないかと言われた身体はこのままいけば長生きできるとお墨付きをいただいた。

それ以降合併症の関節痛と偏頭痛にひどく悩まされる日々だが、再燃は4年間起こっていない。

現在

潰瘍はないが、合併症の偏頭痛と関節痛にひどく悩まされているし、倦怠感はずっとある。

食事制限はしていないが、油もののあとは雑炊やうどんにして調整している。

薬はヒュミラを軸に胃薬と痛み止めを服用。小腸の狭窄があるのでいちいち痛いのが悩み。

家族は今は真剣に向き合って理解してくれているそうです!

働きたいが、家族や友人以外のところでのストレスを強く感じてしまうのと、仕事関係で心無いことを言われることはしょっちゅうあり、ストレスがかかりすぎるので今は家事手伝いをしている。

ただ働きたい願望は強くあるので、自分にあう仕事を模索しながらも、子供の支えや元気になるような発信ができればいいという新たな目標ができた。

主治医との関係

先生はとにかくしっかり伝えてくれる先生で、退院の際、家族全員集めてしっかり話してくれた。

関係はとても良好で、些細な症状でも伝えることのできる関係。
「婚約する人見つかったら連れてきて」とまで言われている。

「理解してくれる人がいた」「この人ならば委ねられる」そう思える先生に巡り会えた。

今年住んでる地域の患者会に入った。コロナまだ参加はしていないそうだが、これからいい仲間が見つかるとよいなと思っているそうです。

私のストレス発散法

・めっちゃ泣いたあとめっちゃ笑う

・入院中の時に日記を書いていた。一日一個いいことを見つけよう!って視点で書いていたら自己理解につながった。今もゆるーくではあるが継続している。

・LINEメモをうまく使う
→「しんどい」ってLINEに打っとく。ストレス発散にもなるし、この時調子悪かったとか、診察時にも情報として役に立つ。
声を録音しといてもいいし、形に残すのが大事かもしれないということ。

これは拙者も「○○食べた、アヤしい」「やっぱり喫茶店の飲み物は氷抜くべき」みたいに忘れそうなこと打ち込んでおくようにしておる!

調子悪くなったのいつだっけ−?と思う方は是非マネしてみてくだされ!

若者たちへ伝えたいこと。

・気持ちを100%わかってもらおうと思うな
→病気に限らず、気持ちを100%相手にわかってもらうことってとっても難しきこと。「なんだか難しい病気だ」くらいで理解してもらえるならそれで上々だと拙者は思うようにしている。

・自分が自分を受け止めてあげられていない。自分を認めてあげよう。
→そのままで良いのです。過去の自分や周囲と過度に比較しないようにしよう。

・「頑張れ」って言われたくないから「頑張って」とは言わないようにしている。だって頑張ってるもん。

「小さな幸せを幸せと思えているか?」重要!!
→人によって幸せの定義が異なるが、小さな幸せを受信できることで日常の色彩が鮮やかになってくる。

・家族との距離感が大事
→そなたに合った距離感を見つけることが安定につながる。

あとがき

色々話していただいてありがとうございました。やっぱり思春期はそうなるよね笑。

久しぶりの会いに行きます。しかも初リモートだしどうなるかと思っていたが無事に終えることができてよかった。

病院の先生も万能ではない。自分の専門分野以外は適切な治療を選択できない場合が多いということを改めて感じ申した。

クローン病は早期発見が難しい病気なので、治療開始がどうしても遅くなり、その間に腸がダメージ受けてスッキリ治らない場合が多いのかなとも感じているので、身体に違和感あったらすぐに原因究明していくことで悪化を最小限に食い止めることができるのでは?と感じ申した!!

W殿、かたじけのうございました!!

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