教える方、教わる方。

ちょっと見るに耐えぬことがありましてな

情報収集していたSNS内で

病気を診断されたばかりの人がどんな病気か教えてほしいという投稿

先輩患者さんが丁寧に解説。

それを見ておもくそショックを受け、そのままの感情を投稿。

他の人がそれに腹を立ててその人のことを詰めるという投稿。

という一連の流れがあり。

考えや表現は人それぞれだが、めちゃくちゃ嫌な気持ちになった。

教える方も教わる方も最低限のことはしないといけないなと再確認。

教わる方に思うこと

・まっさらな状態で聞いてしまったこと
・自分の気持だけ吐き出してしまったこと

ここが問題だったのかな。

焦るし、パニック状態になるのはわかるけど、
なるべく拙者は人に聞くときはある程度調べてから聞くようにしている。

調べてわからなかったり、どう手を付けてよいかわからない場合はそれも付け加えるだけで印象がガラリと変わる気がする。

「〇〇について全部教えて下さい」

よりは

「〇〇についてここまで調べたんですけど、これは本当でしょうか?」
とか
「〇〇について調べたんですけど、情報が多すぎて何から調べればよいかわかりません」

などといってもらったほうが教える方も教える気になるのではだろうか。

コイツ、なんにも知らねーなーより
コイツ、ここまでやったんだ、じゃあ。。

ってなるのが人が動くように思うし、

全部聞くのは簡単なんだけど、それって考えることを放棄して他人の時間をむやみに奪う行為にもつながるのではないかとか思ったりもする。

教える方に思うこと

・いろんな思いや症状の人がいるということ。

教える方も教わる時期があったはずで、不特定多数が見ているSNS内でのマウントは他の人にどう映るか考えるべきだなあと。

言う側は重い症状でも、言われる側は軽症の場合もあるし、その逆もある。

難病って診断された直後の人を奈落の底に突き落とすのは簡単なんですよ。ただ先輩だったらそんなことしてもプラスに成ること一つもないってことはわからなきゃいけないっすよね。

どうだ!!って発言もそうで、

例えば拙者が歴史のことを投稿したりすると「勉強になりました!」という声がある一方で「それ史実と違うくないですか?」と言われることもある。

ドヤ発言は支持してくれる人がいる一方で標的になる可能性も高いのだ。

病気のことを聞かれ、答えているとバンバン質問が飛んできて、もういい加減にしてほしくなってちょっと黙らすためにけっこうな例えや症例を言ってしまうことが過去にあった。

思えばそういうのも変なマウント取ろうとしてたんだろう。そういうときに限って相手は黙るどころか急に無関心になったり、突き放してきたりするもんだ。

先人=何でも知っているなのだろうか

拙者もまだまだ知らないことがたくさんあるけれど、

その道が長い=経験が豊富

であることは間違いないけれど

その道が長い≠知識が豊富

だと思うの。

拙者は発言する機会が多かったり、取材してもらうこともたまにあるので、なるべく偏らないような発言するように心がけておるのだが、、

問題発言あったときには遠慮なく指摘してくだされよ笑

なんて言ってたらお気に入りのウイスキーがもうなくなりそうじゃねーか!!!

貧乏芸人にはなかなかの値段なのに!!!

そうです!拙者が不良患者ってやつでござるよ!!笑

「まずは一年生きてみよう」

これが先輩から言われてすごく響いて、病気なったばかりの方への助言でいつも言っておることです。

・・・今日はこれにて鎖国!!